ぴたぱんの備忘録

物語と人が好き。本とか映画とかドラマとかゲーム実況とか漫画とかアニメとか。触れた直後の想いを残しときます。

新井紀子 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」

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AI vs. 教科書が読めない子どもたち 新井紀子 東洋経済新報社 2018年

軽めの本です。

 

「シンギュラリティなんて到来しない」

 

そう言い切るのは、ご存知「東ロボくんの母」こと新井紀子氏です。

東ロボくんをご存知ない方は、以下の新井さんがTEDで話したプロジェクトと結果のプレゼンをお聞きください。2016年ごろにメディアで結構話題になった、「ロボットは東京大学に合格できるのか」という国を挙げたプロジェクトのチームリーダーをやっていた方です。

www.ted.com

 

新井さんは非常に経歴の面白い方で、一橋大学法学部を卒業後、イリノイ大学で博士課程まで進み専門を数理論理学として理学博士も持っていらっしゃる方です。

副専攻としてピアノを学んでいらっしゃったり、この東ロボくんプロジェクトのあとは教育方面に力を入れたりしている(理由は後述します)多方面に活躍されている方です。

 

私がこの本を読もうと思ったのは、東大法学部生として東ロボくんに興味があったのももちろんですが、文系の僕には人工知能がどういう仕組みで動き、今後どのように進化していく可能性があるのか全く判断がつかず、巷を騒がせている「シンギュラリティ」「AIに仕事が奪われる」といった言説の信ぴょう性がよくわからなかったからです。

 

本の内容に移りましょう。東ロボくんプロジェクトは、「AIの限界を探るため」のプロジェクトだったと言います。実際、2016年に「東ロボくんには東大に合格することは不可能」として終了したこのプロジェクトですが、模試ではMARCH合格レベルの偏差値までは到達しています。

(「MARCHレベル以下の頭脳労働なんて現時点でもロボットにできるんだよ」とそのまま変換するのは早計ですが、分野を絞れば、ロボットに代替され得る職業が非常に多い、ということです。)

「東大には合格できない」という結論だったわけですが、ニュースを追っていた当時、東大生の僕でも戦々恐々としました。東ロボくん、あの世界史の大論述を人間が作ったみたいな文章でスラスラ書くんです。

www.youtube.com

 

現時点の技術で、何がロボットにできて何がロボットにはできないか。この本では僕のようなプログラミングや機械工学、大学数学の知識が全くないものでもわかりやすく、かつ詳細に語られています。

 

僕がざっと掴んだ範囲でいうと、法学をやっているといやでも実感しますが、コンピュータコンピュータといっても、法律上の呼び名は「電子計算機」です。なんでもできる魔法の道具ではありません。ただの計算機です。つまり、数学でできないことはコンピュータはできないしAIもできないのです。

数学でできることとは何か、論理(論理学でいう演繹ですね)、統計・確率(論理学でいう帰納ですね)です。論理的に演繹できること、統計で傾向をつかめること、確率を割り出せること以外はAIにはできないのです。

 

具体的な話をしましょう。東ロボくんはセンター試験型問題において、世界史は情報検索、数学は演繹で好成績を収めました。しかし東ロボくんに苦手だった科目があります。英語と国語です。コンピュータには計算はできても意味を読み取ることはできません。国語は、「傍線部と前の段落に出てきている回数の多い単語を含む選択肢を選ぶ」のような戦略でせいぜい5割、英語に至っては、150億の英文を学習させても目覚しい成果は出なかったそうです。

 

ロボットは意味を理解できない。その上、「常識の壁」に阻まれます。

いちいち教えないと、「暑い時には寒くない」「ドアは開かなければ開かない」というようなことを理解できないのです。そのため、ロボットは「将棋の名人には勝てても、近所のおつかいにすら行けない」とも言われたりします。

 

今後、多くの職がAIに取って代わられる可能性は高いです。「半沢直樹はいなくなる」そう新井さんは言います。しかしながら、「シンギュラリティ(技術的特異点)」すなわち、汎用人工知能が完全に人間に取って代わる日はこないと新井さんは断言します。

 

 

この本のさらに面白い点は、タイトルにもある「教科書を読めない子供たち」の話です。東ロボくんプロジェクトと並行して新井さんは基礎的読解力調査、RSTを文部科学省と協力して実施し、国語の模試や試験で問われるような「難しい文章を読解する能力」ではなくて、「そもそも教科書の文章を中高生は読めているのか?」を調べています。(累計2万5千人のデータをとったそうです)

 

詳しい調査結果は本を読んで欲しいのですが、例えば、「原点oと点(1,1)を通る円がx軸と接している」状況を示す図を選びなさい、という4択問題。

みなさん、頭の中に思い浮かびましたか???

この問題の正答率は、

中学生正解率、19%(中3は25%)  高校生正解率、32%(高3は45%)

・・・あれ、4択って鉛筆転がしても25%は当たるんじゃ・・・

 

他にもこのような驚愕のデータがたくさん挙げられています。

日本の未来が不安になってきますよね。

なぜ新井さんはこんな調査をしたのか。

先にも触れたとおり、AIは意味を理解できません。読解ができないのです。じゃあ、AIに代替されないためには人間は読解ができなければいけませんよね。じゃあ、「AIは読解が下手」って散々馬鹿にしてるけど人間は読解ってできてるの?という調査です。

 

この後、新井さんは読解力養成の方に力を注がれているようです。

 

 

 

 

ここまでが本やTEDの内容で、ここからは私の持論です。

 

僕は東大法学部生です。東大受験生を教える塾で国語の講師も2年間していました。受験を知り尽くしているといっても過言ではありません。他の東大生と人工知能によって変えられる未来について議論したり、これからの教育のあり方について議論したこともなんどもあります。

 

 

しかし、

そういう議論の前提って色々間違ってたんじゃない?????

 

文科省とかに進む「読解なんか当然できる」東大生たちが良かれと思って教育改革をしたところで、「その教科書って中高生読めてない可能性あるんじゃない??

経済学部とかの、「シンギュラリティが〜〜」「これからのビジネスは〜〜」とか偉そうに語ってる東大生、人工知能のことわかってそんなこと言ってんの???

 

僕は、前提を疑わない人、流行している言説を鵜呑みにする人、そんな人たちが「東大生」に多いこと(僕もその一員です)にこれからの日本が不安になっています。