ぴたぱんの備忘録

物語と人が好き。本とか映画とかドラマとかゲーム実況とか漫画とかアニメとか。触れた直後の想いを残しときます。

某某省×やほーの温度高めなイベント行って来た

どうもみなさん、おはこんばんにちは〜(国内最大某ゲーム実況者の真似)

ぴたぱんです

4年生なのに3年生のような生活を送っていることで周りの反感を爆買いしております

圧倒的インバウンド!!

本日3年生っぽい活動の一環として、久々に意識高いイベントに足運んで来ました〜

 

(以下、関係者の目に止まりたくないので固有名詞など一部ぼかしながら書いていきます)

 

 

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会場はここ!意識高い大学生がよくくる、やほーです

 

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こんなイベントです

検索に引っかかりたくないので文章にはしませんが、上の画像のようなハッカソンもどき(よくある奴)です

 

みなさん、法某省に対してどんなイメージを抱いてらっしゃいますか??

省庁序列が環境某と並び最下位で全然東大生が志望しないところ??

新人の裁量もない、国葬の人が出世できない、古くて堅くてなんの面白みもないところ?

 

 

 

それ、合ってます(小声)

 

僕もそう思ってます(小声) 

 

 

 

 

何とは言わないけど… THE お堅い省庁という感じです

SNSマーケティング・広報がなんたるか知ってますかあんさん、って感じ

SHARPとかタニタタカラトミー等のtwitterとか、首相官邸のインスタとか見習って欲しいものです

ゆるキャラについて言えば、くまモンより可愛くないゆるキャラは全て無意味だと思っている過激派です。まあ職員さん曰く、子供が親しみ持ってくれればなんでもいいらしいですけど

 

 

とは言え、僕のやりたい関わりたいことどストライクでやっている省庁であることは間違いないので、今回は僕の所属している某ボランティア団体経由で参加させていただきました。民間の方や大学生が多く参加するということで少しは楽しいイベントになるかなあと期待して行きました。

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建物は格好いいです。さすがかすみがせきいっちょーめいちばんち。 出展:法務省

 

 

いい意味で期待を裏切ってくれました!!!!

 

 

やはり民間の人はエネルギーがある。給料も出ないのに一日こういうのに参加してくれる人たちのエネルギーはすごい。

大学生もエネルギーに溢れた素敵な方々が多くいらっしゃいました。

 

普段、その某ボランティア団体で関わる人たちは、「身内」というかその道の公務員の方ボランティアの方そういう施設から出た方が多いので、

「正直、かなりニッチな分野だし、こんなん興味持ってる人ほぼいないよなあ」

とか思っていました。

 

ところがところが、今日(一日無給なのに)あの場に集まってくださった方々は、なんと120人以上。正直圧巻でした。

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FB掲載許可出していらっしゃったみなさんですが一応雑加工しました

現在社会復帰して活躍している方のプレゼンがとても引き込まれるもので、感銘を受けたのが印象に強く残っています。

 

参加されていた民間の方も、やほーとか顔本、NRIなど名だたる企業の方々や投資家の方など非常に多様でした。こんな人たちも関心を持ってくれているのか!!

民間の方のみでなく、こういう機会でないとなかなかコンタクトを取りづらい某務省職員さんとも多く関わることができ、素敵な方もいるんだなあと思えました。

 

 

内容についてですが、ブレストしてコンペしてブラッシュアップというまあお約束な感じでした。特筆すべきは、コンペで上位になってブラッシュアップ対象になった12の案のうち、10個が女性の方の発表、5個が女子大生によるものでした。女子大生は強し。

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こんな感じです

おそらく経某(ME◯I)とかはこういった空気に近いものが普段からあるのでしょうが、MOJはなかなか穏やかなおじさまおばさま中心のところなので、こういった空気は非常に新鮮でした。

 

オフレコでぶっちゃけた話をしてくださった若手某務省職員さんや、すごく優しくしてくださった40代くらいの素敵なマダムお姉さん職員さんとの出会いが一番貴重だったのかなと思います。なぜか弁護士になってNPOから携わりたいというと積極的に後押ししてくださいました。

 

ネガティブな話もいくつかします。

やはり「政策作ってんのってこういう価値観のおっさんたちなんだなあ」という思いが強まりました。世代間対立を内面化してしまっている僕です。流行に疎いなんてもんじゃないんですよね。僕の父親よりひどい人がこんなにもいるものかと。

ディスカッションに関しては、夢見がちな案が称揚されたり、審査員の利益関係に関連の深い案が選ばれたりしていたことは失望ポイントですかね。

東大生の議論好きな人を捕まえては議論吹っかけているぴたぱんとしては、単位時間あたりの議論意見の深みのなさ、遅さ、人任せ加減に辟易した面があることも事実です。

 

まあそんなことは些細で、行って非常に良かったです。少し自分の中で霧が晴れた感じがします。あと地味にブログで一番の関心分野の話題書いたことなかったのでこの機会に備忘録として記せて良かったです。(普段の某ボランティア団体は画像共有禁止だったり秘密保持が厳しいので今後もあまりこういった話題の発信はしないと思います。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや〜参加してた女子大生可愛かったなあ

復学して1ヶ月。平成が終わるみたい。

ご無沙汰しております、ぴたぱん(@panda7penpen)です。

ブログってめんどくさいですよね、本読んで備忘録にするとかほざいてて、本は人並みに読んでいたのですが、ブログにすると適当なこと発信できなくて読み込まないといけなくなったり関連文献に当たらないといけなくなったり。コストが大きい形のブログは続きません。

 

 

復学して1ヶ月。平成31年4月29日午前2時。深夜テンションでブログを書きたくなる。

形なんか気にしない。閲覧数なんか気にしない。今イライラしている。思いつくままに文章を書く。あと1日で平成が終わる。GWで時間がある。この瞬間の思いを残したくなった。

 

 

【時間、イベント、ハレとケ】

何が天皇追いコンだ、何が令和歓迎飲み会だ、理由をつけて飲みたいだけじゃないか。

いかに「他人が作った、自分には納得できない規範・システムに従うこと」が嫌いか。時間は直線的なのだろうか。循環するのだろうか。ニーチェ永劫回帰論は妄言だと思う。彼は人生哲学における成功者ではない。発狂して死に至った者の、自分への慰めが彼の哲学だ。話が逸れた。地球の公転周期に合わせて1年が作られる。地球の自転周期に合わせて1日が、月の公転・自転周期に合わせて1ヶ月が設定される。これは納得できる。なんでキリスト生誕に合わせて生活してやらねばならない。彼はそもそも実在したのか。僕は無神論者だ。なんで1週間を7日で生活してやらねばならない。誰が神が7日で世界を創造したと想像した。指パッチン。ビッグバン。ID論。僕は無神論者だ。オッカムの剃刀で削ぎ落とせる。仮定する必要がない。ただそれは不存在の証明ではない。不可知。7日間が1週間。2日働いて2日休んで2日働いて2日休んで。今の発達した社会なら、みんなが食糧自動生産だけに全力を注いだなら、そのくらいで生存はできるんじゃないか。

数十年区切りにした方が時代の把握はしやすい。その意味で元号は有用な面もある。でも西暦〇〇年代でいいじゃないか。(なんならヒジュラ暦でもいい。)中国も朝鮮もベトナム元号はやめているのに。日本だけ。天皇制の存続が国家の存続。皇室への税金。内廷費3億2400万円皇族費2億6400万円宮廷費111億4900万円。宮内庁への税金。宮内庁費123億2700万円。僕は納得していない税金を払わねばならない。社会に出たくない。その金で僕を養ってほしい。右翼を黙らせる口止め料。GHQに嘆願して存続されたらしい天皇制。1945年の人々には国家の象徴が必要だったんだろう。今の日本は。今の若者の心の支えはアイドルではないのか。天皇の国事行為に慰められ感動して涙を流す20代30代が何人いるのか。これから税金を払うのは僕らだ。高1の時1ヶ月イートン校に短期留学していた。2013年7月。ちょうどその頃ジョージ王子が誕生した。日本ではイギリスは熱狂と報道されていた。騒いでいるイギリス人は、日本でいう国会議事堂前でデモする程度の規模。ほんの一部。みんなは平常運転。イートンの学生は、「貧しい人たちも大勢いるのに王室には多額の税金が使われている。僕は反対だ。」と(英語で)言っていた。イギリス人もそのくらい冷めている人もいる。国家の統治は国民の感情の統御だ。怨念を沈め熱気を士気をあげ生産させる戦争させる。神権政治でもやってればいい。卑弥呼様でも呼び出せばいい。大川隆法に降霊させてはどうだろうか。話が逸れた。

イベント。他人が決めたイベント。資本主義に作られたイベント。就活。バレンタイン。恵方巻き。理由なんかつけなくても祝日を作れないのか。山の日が作れるならなんでも作れるだろ。人と集まれる機会は自分で作る。みんなが一斉に出勤する。混雑。東京一極集中。出勤時間ずらせよ。みんなが一斉に仮装する。ハロウィン。新しい文化。文化は新しく生成される。100年後にはハロウィンは殺し合いのイベントになってるかもしれない。ポッキーの日がないとみんなで楽しめないのか。ハレにするかケにするかは自分たちで決めてはいけないのか。

 

【神と信仰、虚構、イデオロギー、コミュニティ】

「神は死んだ」ニーチェキリスト教が嫌いだったんだろう。彼は戦争の時代に生きていれば戦争を否定していただろうし、現代に生きていれば資本主義を民主主義を法治国家を否定していたかもしれない。ただの世界が嫌いなひねくれ者だ。僕と似ている。僕はニヒリストにはなりきれない。全ての価値を無に帰せない。ニーチェだってそう。彼は生を肯定し、堕落する人を批判した。それはイデオロギーではないのか。その価値軸には根拠があるのか。彼が死にたくなかった、自分を肯定したかっただけじゃないのか。僕の家では両親が左寄りだった。ニュースを見ては安倍政権批判。母親は上野千鶴子祝辞をべた褒めしていた。両親の元で18年間育った。僕も左翼だ。抜け出せない。無理に抜け出さなくていい。だから弁護士志望。

イデオロギーに入ってしまう人は宗教に入ってしまう。僕の同クラは生まれた時から幸福の科学。東大でどれだけ周りから幸福の科学を否定されても頑なだった。彼女は東大を辞めた。否定した側がイデオロギー持っていないはずないのに。多数派か少数派か。少数派は排斥される。世界では無宗教の方が少ない。無宗教だと言うと、倫理を守る根拠を持たないアナーキスト、テロリストと思われることもあるらしい。日本人だけ信仰に否定的なわけではない。日本人は大抵みんな敬虔な信者だ。社会規範。世間様。結婚しよう。根拠のない自分への自信。他者への依存。メディアの作る流行。東大生に多い信仰は、フェミニズムだったり、人権思想だったり、市場原理だったり。個人主義を善とする人が東大には圧倒的に多い。みんな自分のことしか考えていない。自分勝手。彼らは助け合わなくても自分で生きていける人たちだ。僕は彼らに比べれば全体主義者だ。全体の幸福の最大化のために自分が不利益を受けなければならないこともある。ナチズム。ニヒリストになりたい。中立な視点から世界を見たい。「彼って思想強いよね」敬虔な流行信者が言う。「どうして宗教ってなくならないんですかね」意識高い系の熱に染まった人が言う。大川隆法も、堀江貴文も、東大を出ながら、権威に夢にすがる人から金を巻き上げる道を選んだ。そのコミュニティの人たちは幸せそうだ、否定はしない。僕もそのくらいちょろくなりたい。

社会の要請にしたがって生きるのは敬虔な信徒のやることか。それともみんな社会契約に基づいているのか。分業しているのか。僕は納得していない。なぜ繁殖しないといけない。なぜ進歩しないといけない。なぜ結婚しないといけない。なぜ多数派に所属していないと排斥される。野生動物と変わっていないのか。なぜ熱気に飲まれる、流行に飲まれる、人に寄りかかる、信仰に流される。人は野生動物とロボットとどちらに近いのだろう。紛れもなくケモノだろう。

科学だって、前提を公理を疑っていけば、人文学も社会科学も信仰でしかない。多数派が納得する思想・主張。理系の人は嫌がるだろうが、自然科学だってデータの解釈に人間が関わればイデオロギーに左右される。

 

虚構。虚構。僕の好きなパリ第8大学社会心理学小坂井敏晶准教授。東大出版から「民族という虚構」「責任という虚構」「神の亡霊」などを出版している。自由意志なんて存在しない。人は周りに雰囲気に流される。意思決定より先に信号伝達は起こっている。自由意志があるから責任が発生するんじゃない。何が「故意責任の本質は規範に直面しながらもなお実行に移そうとする反規範的人格態度に対する道義的非難」だ。気持ち悪いお役所的定義。大衆の怨念を沈めるため、誰かを見せしめにして罰する必要があるから責任という虚構を作る。人類はコロッセオでの殺し合いを楽しんでいた頃から変わっていない。神の亡霊。今までしてきたような話。すべては虚構。みんな信じたい。同一性を信じたい。自分たちは仲間だと信じたい。彼らは敵だと信じたい。神は死んでない。

 

【語り得ぬものについては沈黙しなければならない】

このウィトゲンシュタインの言葉、不可知論について言っているわけではないらしい。真偽命題で表せるかどうか。不可知論。僕は難解なウィトゲンシュタインとかハイデガーとかの哲学については沈黙しなければならない。法学の文献で意味がわからなかったことはない。文系学問で一番難しいのは紛れもなく哲学だ。哲学科はもっと尊敬されるべき。前のブログでも書いたが、僕の言語性IQは上位0.3%らしい。標準偏差15でIQ141標準偏差24でIQ166だ。どの心療内科に行っても、東大生を多く診ている所に行っても驚かれる。診察結果が自慢になってしまう。もっとIQが高ければ神の存在を知覚できるのかもしれない。そういう意味では不可知論者だ。そういえば僕の診察結果は変わった。地元の病院では発達障害ではないとのことだったが、東京の発達障害パーソナリティ障害の権威に診てもらった所、軽度ASDADHD傾向だという。素人にはわからないほど、社会生活もなんとかやれるほど軽微だが、見る人が見れば表情等に特徴が診られるらしい。友人に、「君は診断が欲しかったんだよね」と言われた。間違いない。

ASDというのは、霊長類研究で言う所の「心の理論」が欠如した人たちだ。群の他の個体の考え感情を言語によらず読み取ろうと想像する能力。脳のタイプなのか神経の異常なのか。三つ組の障害。社会性・社会的コミュニケーション・社会的イマジネーション。自閉症スペクトラムの中でも高知能な者たちは、後天的な学習でカバーできるらしい。僕はコミュ強だと言われる。ただ少し正しさへのこだわりが強すぎたり、飲み会やクラブでも一人冷めきっていたり、ごっこ遊びができなかったりするだけだ。信仰に入れない。超越者のいない所に超越者の存在を措定するには心の理論が必要だ。ADHDは僕の場合多動はほぼない。ストレス環境下で少し癖が出る程度だ。注意欠陥の酷さは親しい人は知る所だ。感覚過敏がここ数年ひどい。ストレスが悪化すると騒音が無理になる。受けるストレスが多くなる。

語り得ぬものについては沈黙しなければならない。僕はイマジネーションの障害を抱えているらしい。僕は他の人の心の中について沈黙しなければならない。クオリア。僕の見ている赤色とあなたの見ている赤色は同じですか。暗闇のリンゴは赤色ですか。僕の見ている世界とあなたの見ている世界は同じですか。僕の見ている世界に神はいなくてもあなたの見ている世界に神はいるのでしょうか。僕は認識論には興味があまりない。哲学を専門に学んでいるわけではない。これ以上聞きかじり素人知識で哲学系用語を使うと哲学の人から殴られる。

 

【多数派と少数派】

少数派は排斥しよう。彼らは危険因子だ。動物の生存戦略。人間はどこまでケモノであろうとするのだろう。ロールズは無知のヴェールを被れば全ての人の被害損失が最小になるシステムを選択するはずだという。全体の生産量を最大化するための格差の肯定。現行システムへの後付け理論補強に熱心だ。僕は90%の確率で強者に生まれ10%弱者に生まれる場合にシステムを選択しろと言われたら、強者の利益を最大化できるシステムを選択する。昨日「キングダム」の実写映画を見た。戦乱の世。自然状態。女性は2人しか出てこない。筋肉。身体能力。剣術。自然状態。僕は法治国家に生まれている。一定数の女性は筋肉質な、危険から守ってくれる異性を選好するらしい。ホモ・サピエンスはケモノなのだろう。まだ法治国家になって日が浅い。少数派が権利を主張できるのは法治国家だからだ。人権なんて実在しない。奴隷に人権はなかった。平民の権利も女性の権利も闘争で獲得されたものだ。我々精神障害者は闘争できる気力がないから人権を獲得することはない。フリーライダー、落伍者、理解の及ばない異質な迷惑な人たちとして蔑まれ続けるのみ。力が必要だ。法治国家の前提は数の暴力だ。人々の怨念だ。奴隷道徳。筋肉をつける代わりに法律の素養を身につけろ。自分の身を守れ。法律の勉強をしろ。法廷以外の闘争は何も生まない。そういう風にできた。先人たちがそういう風にした。数百年後どうなっているかはわからない。僕は今の世に生きている。金と権力が身を守る術。筋肉と金がセックスアピール。根拠のない自信をみなぎらせた男が性欲ベースの優しさを発揮して拠り所のない女性を甘言で誘う。生存戦略。ヒトは所詮ケモノだ。

 

【自己愛、自尊心、依存】

健全な自己愛とは多数派が育んでいる自分に対する信仰だ。他人には社会規範で流行の価値軸で好悪をつけるくせに自分のことはなんだかんだ理由をつけて肯定する。みんな自分が好き。認知の歪みってなんだ。正しくない認知が正常な認知なのか。「あんな素晴らしい人と同じコミュニティにいるから自分は素晴らしい人間だ」「あんな人に比べたら自分は素晴らしい人間だ」「あの人が好きと言ってくれるから自分は素晴らしい人間だ」」「自分は頭がいいから素晴らしい人間だ」李徴の言う「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」臆病でない揺らぎのない自信を持っている人というのは、社会多数派の価値軸で高評価を得ているイケメン美女高収入か、そうでない人は皆自分への狂信者だ。正しくない認知。頭の良さを大事にする人はバカを貶す。美への努力を怠らない人は自己管理の甘い人を貶す。筋肉を大事にしている人は貧相なやつを貶す。成長を大事にする人は堕落を貶す。貶す。貶す。自慰行為。示威行為。マウンティング。みんな、自尊心に根拠がないから必死だ。闘争だ。生きることは自尊心を保つことだ。他人をけなせ。闘争だ。戦争だ。勝てば官軍。自尊心を保ったものが善だ。声の大きいものが勝つ。いつまで宗教戦争をしているのだろう。

依存先を増やすことが自立だと人は言う。家族へ、恋人へ、親友へ、先輩へ。自分のスペックに寄りかかれないなら、他人に承認してもらって自尊感情を保つしかない。嫌いなとこもいっぱいあるけど私はあなたが好きだよ。出会った頃の熱は冷めたけど長い時間をあなたにかけたコストを肯定したいから、子供がいるから、私はあなたが好きだよ。あなたは私のことを愛してくれるから私はあなたのことが好きだよ。共依存。何が、「お互いに一人でもやっていける男女が、一緒にいると楽しいことが増えるから一緒にいる」だ。一人でやっていけるってなんだ。寂しさに襲われる夜はないのか。自分への狂信者なのか。僕にはそんな人の気持ちはわからない。語り得ぬもの。

 

【自殺論と東大法学部】

僕はデュルケムを休学中読めなかった。利己的自殺。自己本位的自殺。社会凝集性が低いと自殺は増える。東大法学部。友人が一人死んだ。その話を聞いた別の友人は、「東大法学部のシステムの欠陥だよ。」違う。あそこを砂漠にしているのは法学部生の忙しさだ。個人主義だ。助け合うより自分一人でやる方がパフォーマンスが高い人たち。僕たちの忙しさは彼を殺した。東大法学部にはサークルが2つしかない。ゼミはコミュニティになり得ない。2つのサークルに適合できないものには居場所がない。大半がぼっち受講。ぼっち受講が数百人。闘争しろ。上位3割の優を取れ。GPAはいくつだ。生き残れ。レールから外れるな。初対面の法学部生に会うと進路と成績を聞かれる。「彼は全部優でめちゃめちゃ優秀なんですよ(そんな彼と仲良くしている自分も偉い人間なんですよ)」予備試験に受かれ。ゴールドマンサックスの内定を取れ。教養区分で受かれ。財務省経産省に外務省にいけ。法務省は落ちこぼれの行くところ。うるせえ。更生保護は法務省でしかやってねえ。僕は法務省インターンにいく。

 

 

 

僕はレールから外れた。来年も4年生。1年ぶりに会った人たちは一瞬声をかけてくれる。「おお!久しぶり!珍しい!」一拍おいてタスクに就活に司法試験に戻る。そんなところだ。彼らは走り続ける。僕は徒歩で行こうかな。両親が健康なうちに経済的自立を果たせればそれでいい。

 

 

追記:何点か訂正や補足があるので

 

も合わせてお読みください

成人知能検査を受けたって話

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作品の備忘録ではないですが、割と珍しい体験をしたので書き残しておきます。

 

私ぴたぱん、医師の勧めで心療内科でWAIS-III(ウェクスラー成人知能検査)を受けました。ズバリ、IQを正式に測ったわけです。

知能検査、アメリカではギフテッドを見つけて才能を伸ばすためなどに結構受けてる人が多いそうですが、日本では知的障害や発達障害の検査目的でしか使われません。みなさんも児童向けの知能検査は小学校のころなどに受けられたんではないでしょうか。

 

WAIS-Ⅲ、保険適用で1500円程度(僕は1500円でした)、保険適用されなければ2~3万円かかるようなので、3万払ってもいいという方は是非受けてみてください笑

 

以下、私の結果です。

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まずIQについて軽くお話しすると、テレビやネットでよく見る「これが解ければIQ◯◯!」みたいなのは信ぴょう性は皆無です。さらに、IQの表示は標準偏差15と標準偏差24で表されることが多いのですが、テレビなどでは標準偏差24で表されていますね。(テレビで見る芸能人のIQは、正式に測ったものではないか、MENSA試験のような行列推理のみで測定したものだと思われます。)

標準偏差15で、IQ 80~120の間に85〜90%の人が該当するように作られているそうです(医師談)

 

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出典:

別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。 : チャーリーのブログ

 

MENSAについても軽く触れておきましょうか。人口上位2%(標準偏差15だとIQ130以上、標準偏差24だとIQ148以上)のものが会員になれる、著名人が多く会員となっている国際的組織ですね。以前、大学の友人たちと上野公園で花見をしていたら、MENSA会員だという酔っ払いおじさんから会員バッジを見せつけられながら絡まれました(苦笑)

MENSAの試験は、行列推理に偏った簡易的な知能検査です。

以下、ネットで公開されているノルウェーMENSAの試験です。(多分)

Mensa IQ Test

 

 

さて、上の画像であげた僕の結果です。WAIS-IIIは標準偏差15です。

全検査IQ 130

言語性IQ 141

動作性IQ 110

 

群指数

言語理解 141   知覚統合  114    作動記憶 128      処理速度 110

下位検査項目 高いもの 単語 19点(満点)

       低いもの 絵画配列 9点 絵画完成 8点

 

いい知らせと悪い知らせがある!(アメリカ映画風)

 

いい知らせ:

ADHD傾向が疑われて、検査を受ける運びにはなったのですが、作動記憶(ワーキングメモリー)は問題なく、「大して気にするような結果ではない(医師談)

・「君、めちゃめちゃ知能高いよ。東大生でも君より知能高い人なかなかいないよ。昔、WAIS試験を東大文一生に受けさせた時は平均がIQ118だったんだ(医師談)

上の表によると、僕の全検査IQは上位2%、言語性IQに限れば上位0.3%です。

言語性IQに限って、標準偏差24に直して、

俺のIQは166だ!!!!!!!

とイキり散らすこともできるわけです(苦笑)

東大法学部生として、東大受験生を教える国語講師として、安心できる結果ではありました。行列推理の成績もいいですし、この結果を提出すればMENSAには入れるでしょう。(会費がもったいので入りませんが)

 

 

・悪い知らせ

非常にアンバランス

言語性IQと動作性IQの差が10あると有意差とみなされるんだけど、君は30もあってこれはなかなか珍しいよ(医師談)」

wikipediaなどで調べると、言語性IQと動作性IQの差(ディスクレパンシー)が15以上だと発達障害が疑われ、差が大きいほど障害の程度が大きいそうです。

 

 

気にしなくていいって言わなかった??????

 

僕が特に低かった絵画完成や絵画配列は、言葉を使わずにイメージを把握したり覚えたりする能力です。これが低いため、「生活場面の細部を見落としやす」いと評価されています。今まで携帯に財布に定期に傘にと何度も紛失し、通院しても帰るまでの道のりで薬を失くし、自分で食べこぼしにも気づかなかったりする僕の特性が現れています。

サークルで「鈍すぎる」と評されるほど、言葉に表されない「◯◯と△△はお互いに気がある」とか、空気を読むとか気を遣うとかいうことが非常に苦手ですね。

 

語音も低いです。これは、ひらがなと数字を口頭で一気に言われて、それをひらがなは五十音順、数字は小さい順に並び替えて復唱する検査です。

激ムズでした。10問くらいあるうちの6問目以降は桁数が増えすぎて放棄していました。これに現れている僕の特性は、「2つのことを同時に聴きながら処理するのが苦手」です。ノートをとると授業が聞けなくなったり、電話を切った時には電話相手の名前を忘れていたりする僕の特性が現れているんでしょうか。(素人意見です)

 

 

まとめ

発達障害ではないだろう(?)とのことでしたが、期待される能力が高いぶん、ミスが目立つことなどがあるだろう、ということでした。

(人間関係において、「頭いいのになんでこんなこともわかんないの?!」ってキレられたこと何度かあります)

 

自分の特性を把握し、苦手なことは道具や人の助けを借りながら補っていこうと思います。 

 

新井紀子 「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」

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AI vs. 教科書が読めない子どもたち 新井紀子 東洋経済新報社 2018年

軽めの本です。

 

「シンギュラリティなんて到来しない」

 

そう言い切るのは、ご存知「東ロボくんの母」こと新井紀子氏です。

東ロボくんをご存知ない方は、以下の新井さんがTEDで話したプロジェクトと結果のプレゼンをお聞きください。2016年ごろにメディアで結構話題になった、「ロボットは東京大学に合格できるのか」という国を挙げたプロジェクトのチームリーダーをやっていた方です。

www.ted.com

 

新井さんは非常に経歴の面白い方で、一橋大学法学部を卒業後、イリノイ大学で博士課程まで進み専門を数理論理学として理学博士も持っていらっしゃる方です。

副専攻としてピアノを学んでいらっしゃったり、この東ロボくんプロジェクトのあとは教育方面に力を入れたりしている(理由は後述します)多方面に活躍されている方です。

 

私がこの本を読もうと思ったのは、東大法学部生として東ロボくんに興味があったのももちろんですが、文系の僕には人工知能がどういう仕組みで動き、今後どのように進化していく可能性があるのか全く判断がつかず、巷を騒がせている「シンギュラリティ」「AIに仕事が奪われる」といった言説の信ぴょう性がよくわからなかったからです。

 

本の内容に移りましょう。東ロボくんプロジェクトは、「AIの限界を探るため」のプロジェクトだったと言います。実際、2016年に「東ロボくんには東大に合格することは不可能」として終了したこのプロジェクトですが、模試ではMARCH合格レベルの偏差値までは到達しています。

(「MARCHレベル以下の頭脳労働なんて現時点でもロボットにできるんだよ」とそのまま変換するのは早計ですが、分野を絞れば、ロボットに代替され得る職業が非常に多い、ということです。)

「東大には合格できない」という結論だったわけですが、ニュースを追っていた当時、東大生の僕でも戦々恐々としました。東ロボくん、あの世界史の大論述を人間が作ったみたいな文章でスラスラ書くんです。

www.youtube.com

 

現時点の技術で、何がロボットにできて何がロボットにはできないか。この本では僕のようなプログラミングや機械工学、大学数学の知識が全くないものでもわかりやすく、かつ詳細に語られています。

 

僕がざっと掴んだ範囲でいうと、法学をやっているといやでも実感しますが、コンピュータコンピュータといっても、法律上の呼び名は「電子計算機」です。なんでもできる魔法の道具ではありません。ただの計算機です。つまり、数学でできないことはコンピュータはできないしAIもできないのです。

数学でできることとは何か、論理(論理学でいう演繹ですね)、統計・確率(論理学でいう帰納ですね)です。論理的に演繹できること、統計で傾向をつかめること、確率を割り出せること以外はAIにはできないのです。

 

具体的な話をしましょう。東ロボくんはセンター試験型問題において、世界史は情報検索、数学は演繹で好成績を収めました。しかし東ロボくんに苦手だった科目があります。英語と国語です。コンピュータには計算はできても意味を読み取ることはできません。国語は、「傍線部と前の段落に出てきている回数の多い単語を含む選択肢を選ぶ」のような戦略でせいぜい5割、英語に至っては、150億の英文を学習させても目覚しい成果は出なかったそうです。

 

ロボットは意味を理解できない。その上、「常識の壁」に阻まれます。

いちいち教えないと、「暑い時には寒くない」「ドアは開かなければ開かない」というようなことを理解できないのです。そのため、ロボットは「将棋の名人には勝てても、近所のおつかいにすら行けない」とも言われたりします。

 

今後、多くの職がAIに取って代わられる可能性は高いです。「半沢直樹はいなくなる」そう新井さんは言います。しかしながら、「シンギュラリティ(技術的特異点)」すなわち、汎用人工知能が完全に人間に取って代わる日はこないと新井さんは断言します。

 

 

この本のさらに面白い点は、タイトルにもある「教科書を読めない子供たち」の話です。東ロボくんプロジェクトと並行して新井さんは基礎的読解力調査、RSTを文部科学省と協力して実施し、国語の模試や試験で問われるような「難しい文章を読解する能力」ではなくて、「そもそも教科書の文章を中高生は読めているのか?」を調べています。(累計2万5千人のデータをとったそうです)

 

詳しい調査結果は本を読んで欲しいのですが、例えば、「原点oと点(1,1)を通る円がx軸と接している」状況を示す図を選びなさい、という4択問題。

みなさん、頭の中に思い浮かびましたか???

この問題の正答率は、

中学生正解率、19%(中3は25%)  高校生正解率、32%(高3は45%)

・・・あれ、4択って鉛筆転がしても25%は当たるんじゃ・・・

 

他にもこのような驚愕のデータがたくさん挙げられています。

日本の未来が不安になってきますよね。

なぜ新井さんはこんな調査をしたのか。

先にも触れたとおり、AIは意味を理解できません。読解ができないのです。じゃあ、AIに代替されないためには人間は読解ができなければいけませんよね。じゃあ、「AIは読解が下手」って散々馬鹿にしてるけど人間は読解ってできてるの?という調査です。

 

この後、新井さんは読解力養成の方に力を注がれているようです。

 

 

 

 

ここまでが本やTEDの内容で、ここからは私の持論です。

 

僕は東大法学部生です。東大受験生を教える塾で国語の講師も2年間していました。受験を知り尽くしているといっても過言ではありません。他の東大生と人工知能によって変えられる未来について議論したり、これからの教育のあり方について議論したこともなんどもあります。

 

 

しかし、

そういう議論の前提って色々間違ってたんじゃない?????

 

文科省とかに進む「読解なんか当然できる」東大生たちが良かれと思って教育改革をしたところで、「その教科書って中高生読めてない可能性あるんじゃない??

経済学部とかの、「シンギュラリティが〜〜」「これからのビジネスは〜〜」とか偉そうに語ってる東大生、人工知能のことわかってそんなこと言ってんの???

 

僕は、前提を疑わない人、流行している言説を鵜呑みにする人、そんな人たちが「東大生」に多いこと(僕もその一員です)にこれからの日本が不安になっています。

 

 

 

輪るピングドラム

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みなさん、幾原邦彦監督をご存知でしょうか。

美少女戦士セーラームーン」「のだめカンタービレ」などで演出に携わり、監督作品としては「劇場版美少女戦士セーラームーンR」「少女革命ウテナ」「ユリ熊嵐」などがあります。

 

え?なんだって?知らない?「アニオタきもい、死ね」???
 

じゃあ、あの有名すぎるほどに有名な、「新世紀エヴァンゲリオン」の渚カヲル、彼のモデルこそがこの幾原邦彦だって言ったら???

(まあ、噂ですけど)

エヴァ庵野秀明監督(え?庵野も知らない??日本人としてどうかしてるのでは?風立ちぬ」で主人公の声当ててた人だよ!!!「シン・ゴジラ」の監督だよ!!!!) と幾原監督が懇意にしていたのは事実で、幾原の影響を受けて庵野が演出に凝り始めたのも事実です。庵野抑うつ的傾向を大いに反映し、師弟に近い関係にある宮崎駿に「正直」と言わしめたエヴァにおいて、主人公の憧れの人のモデルを幾原邦彦にしたというのも頷ける話です。キャラも近いと言われればそんな気もしますし。

 

それほど、幾原邦彦と彼の創り出す世界は魅力的です。

 

 

そんな彼が原作・監督・演出を手がけた「輪るピングドラム」、通称ピンドラと出会ったのは私が20歳の時。哲学好きな友人から紹介されたらどハマりしました。瞬く間に、エヴァに次いで好きなアニメ第2位に据えました。

 

キャッチコピーは

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」

「僕の愛も、君の罰も、すべて分け合うんだ」

そして何より、作中で何度も決め台詞として言われる、

生存戦略、しましょうか」

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内容をざっと説明すると、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をオマージュした、「家族」をテーマにした作品で、1995年の地下鉄サリン事件も念頭に据え、シュレーディンガーの猫やガンジーの「七つの社会的罪」や酒鬼薔薇聖斗や「かえるくん、東京を救う」なんかが散りばめられた、シスコンの兄2人とドラゴンボール並みの死んだり生き返ったりを繰り返す露出癖のある妹と、3+1匹のペンギンや変態ストーカー女やすりつぶしお姉さんや幽霊や黒ウサギやマリオや沢山のピクトドラムたちなんかがなんだかんだでピングドラムを手に入れる話です。

 

 

え???

 

え???

 

全然わかんないって???

 

「愛の話なんだよ、なんでわかんないかなあ」

ーーー1話より

 

前半11話くらいはシリアスもありながらドタバタ日常コメディのような感じですが、後半から一気にシリアスで重い展開になっていきます。

 

メタファーや精神世界や独特の演出が多く、初見では意味のわからない箇所もあるかと思います。そんな時はネットにいくらでも考察記事が転がっていますよ。

 

愛とは何か、家族とは何か、必要とされない子供達、加害者家族の背負う罪、遺された者たちの想い、そして、生存戦略

 

とりあえずこの記事を読んだ人は見てみましょう。そして幾原邦彦の世界に溺れてみてください

(2019年春から、幾原監督の新作「さらざんまい」が始まります!)

 

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重松清 「青い鳥」

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重松清 「青い鳥」 新潮文庫 2010年

 

最初の記事、何の作品の備忘録を書こうか。迷った時にふと手に取ったのは、机の横にいつも置いてあるこの本だった。

この本との出会いは11歳の時。姉が中学の読書感想文を書くために買って来た。姉は読書感想文を書いたっきり読んでいなかったが、私が惚れ込み、自分の本棚に移し、大学入学時に上京する際にも持っていき、今休学して地元に戻るときもこうして持って帰って来た。

いつだって、読むと穏やかな気持ちになれる。

 

村内先生は、中学の非常勤講師。国語の先生なのに、言葉がつっかえてうまく話せない。でも先生には、授業よりももっと、大事な仕事があるんだ。いじめの加害者になってしまった生徒、父親の自殺に苦しむ生徒、気持ちを伝えられずに抱え込む生徒、家庭を知らずに育った 生徒ーーー後悔、責任、そして希望。ひとりぼっちの心にそっと寄り添い、本当にたいせつなことは何かを教えてくれる物語。   (裏表紙より)

 

この本は、表題作「青い鳥」を含む8つの物語を収録した短編集である。各物語には、吃音もちの非常勤国語講師である村内先生と、”ひとりぼっち”が一人ずつ登場する。

 

正直、ここまで読んで、「うげえ、道徳の授業とかでやるような説教くさい本だ」と思った方もいるかもしれない。一面では当たっている。

確かにこの本では自殺や場面緘黙症、交通事故やいじめ、教師をナイフで刺す事件、等シリアスな話題が 扱われている。

ただ一つ誤解しないで欲しいのは、村内先生は、生徒たちに「寄り添う」だけの存在だということだ。説教臭く何かを諭すようなことはない。ただ、「ひとりぼっち」たちに寄り添い、そっと導き、本人たちの苦悩と決断を見守り、そっと背中を押す存在だ。

 

国語の教師であるのに、授業に支障が出るレベルで吃音が激しく、そのため生徒からも影で馬鹿にされている村内先生に対して、生徒が尋ねる場面がある。

「先生・・・・・・なんで先生になったんですか?」

(中略)

少し考えてから、先生は言った。 

「俺みたいな先生が必要な生徒もいるから。先生には、いろんな先生がいた方がいいんだ。生徒にも、いろんな生徒がいるんだから。」

ーーーーーp44より

重松を知らない方のために断っておくと、ハンデを持った人物を主人公にしてお涙頂戴の作品にしようと思っているわけではない。重松自身が吃音持ちであり、「きよしこ」という作品でも重松は主人公を吃音を背負った人物にしている。

 

あとがきで重松は、村内先生のことを「ヒーロー」だと語っている。

派手に敵を打ち倒すようなかっこいい「ヒーロー」とはまた違った「ヒーロー」の形。

冴えないおっさんで、激しくどもっていて、それでも、生徒に一生懸命、優しく寄り添う村内先生。そんなヒーローと、子供の頃出会いたかったという。

 

この作品の魅力は、村内先生だけではない。各短編の語り手となる”ひとりぼっち”たち。それぞれに、人に言えない思いを抱え、反抗し、苦悩し、そして変わっていく。中学生ならではの純粋さと単純さが、大人になった僕には今では眩しく感じるほどだ。

 

この本を開くたびに、そんなひとりぼっちたちの純朴さに触れ、村内先生の優しさに触れ、心の奥に眠っている、温かな気持ちをそっと呼び起こすことができる。

だからこそ僕はこの本を、事あるごとに開く。

 

 

 

冷やし中華ぁ〜〜〜はぁじめました〜〜〜

こんにちは、ぴたぱんです。

 

はてブロやろうかなあ」

「いやでも俺続かないしなあ」

「続けようと思わなくて良くない?」

「いや、せっかくなら続けたいじゃん?」

「毎日死ぬほどtwitterでだらだら呟いてるから良くない?」

「いやー、twitterはTLを汚すのが申し訳なくて控えてるじゃん?」

「あれでも控えてる方なのかよ( ゚д゚)」

 

はてブロを書く可能性を検討してからはや1年、このような問答を延々と繰り返して来ました。

 

敬愛すべき我が姉曰く、

「有名人でもないのにブログとかつけてる人が人生楽しいわけないじゃん(笑)」

 

ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そんな数々の内外からのネガティヴ意見を乗り越え、今回はてブロに参戦したのは、

「これはブログではない」

との境地に至ったためです。

 

 

は????こいつ何言ってんだ???中二病か???21歳にもなって???

 

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ルネ・マグリット「イメージの裏切り」(1929年)

Ceci n'est pas une pipe. (これはパイプではない)

ミシェル・フーコーが「これはパイプではない」というこの絵をきっかけとした思索書みたいなのを出してますね。奇遇にも今ちょうどフーコーの「監獄の誕生」を読んでいます。)

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ルネ・マグリット「テーブル・海・果物」(1927年)

 

厨二病か??????

 

ーーこれはゲームであっても、遊びではないーー

って某厨二病代表作国民的アニメの名言であったな!!

 

話が逸れましたが、ブログではなく冷やし中華作品の備忘録として始めようと思い立った次第です。ちょうど今社会科学・人文科学の古典を読むという一大プロジェクトの真っ最中でもあるので、それの要約して考えをまとめたりするのにも使おうかなっと思ってます。映画にも詳しくなるプロジェクトの最中ですしね。

 

主に、小説、学問系の本、映画、ドラマ、漫画、アニメ、ゲーム実況、ゲーム、アイドルなどの僕の雑多な趣味の中からポツポツ、書いてる瞬間の自分の思いを残すために書いていきたいと思います。

しばらくは、既に体験した作品・人の話を書いていくと思います。

 

これは備忘録です。